聖書
「神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ。」(マルコ3章35節)
礼拝音源(24.6MB)
礼拝順序
前 奏 | ||
招 詞 | イザヤ60章1~2節 | 司 会 者 |
頌 栄 | 一同起立 | |
祈 祷 | 司 会 者 | |
主 祷 | 93-5 A | 一 同 |
交読詩編 | 103編1~22節 | |
会衆祈祷 | 一 同 | |
聖 書 | マルコ3章31~35節 | |
使徒信条 | 93-4 1A | 一同起立 |
賛 美 | 208 | 一同起立 |
牧会祈祷 | 石﨑善土伝道師 | |
宣 教 | 「家族がアタオカといわれて」 | 石﨑善土伝道師 |
祈 祷 | ||
賛 美 | 411 | 一同起立 |
感謝献金 | ||
奏 楽 | ||
頌 栄 | 27 | 一同起立 |
祝 祷 | 川原﨑晃主管牧師 | |
後 奏 |
宣教要旨
1.はじめに
アタオカとは、“頭がおかしい”を短縮した言葉です。意味はそのまま、考えがおかしい、気が変になっているという事です。「あの男は気が変になっている(アタオカ)」(21)と言われたのは、救い主である、イエスでした。それも群衆からではなく、ユダヤ教の中央エルサレムから派遣された、指導的立場にいる律法学者から言われました。イエスの家族はそのように言われ、心配になりイエスの所に来ました。(31)
2.集まった人々のタイプ
イエスのまわりに集まって来た人には、2つのタイプへと別れて行きます。1つは前回取り上げた律法学者のように、イエスの働きを非難する人達です。彼らは、イエスのもたらす救いを否定し、イエスを十字架へ架けることになって行きます。そして、救いの十字架を信じないため、罪赦される事はありません。(29)
もう1つはイエスの働きの表面を見るのではなく、その教えに真剣に耳を傾け、神の御心を行う人達です。彼らは、血の繋がりは無くても、イエスから兄弟、姉妹、母と呼ばれました。(35) クリスマスに、彼らはイエスを受け入れ、神の子とされました。(ヨハネ1:12)と言われたとおりです。
3.イエスの周りに座り耳を傾ける人々
イエスのそばに集まる人は、遊女や取税人など、当時の社会に受け入れられていない人が中心となって行きます。イエス様はどのような人にも、誰であっても、耳を傾ける人に私の家族だと言い、今も招いて下さっています。