聖書
するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。(ルカ23章43節)
礼拝音源(28.6MB)
礼拝順序
前 奏 | ||
招 詞 | 第1ヨハネ3章16節 | 司 会 者 |
頌 栄 | 29 | 一同起立 |
祈 祷 | 司 会 者 | |
主 祷 | 93-5 A | 一 同 |
交読詩編 | 51編1~21節 | |
会衆祈祷 | 一 同 | |
聖 書 | ルカ23章32~43節 | |
使徒信条 | 93-4 1A | 一同起立 |
賛 美 | 298 | 一同起立 |
牧会祈祷 | 川原﨑晃主管牧師 | |
宣 教 | 「キリストは他人を救った」 | 川原﨑晃主管牧師 |
祈 祷 | ||
賛 美 | 433 | 一同起立 |
感謝献金 | ||
奏 楽 | ||
頌 栄 | 27 | 一同起立 |
祝 祷 | 川原﨑晃主管牧師 | |
後 奏 |
宣教要旨
人は誰でも死に向かい合って生きていますが、キリストの十字架の救いの恵みによって生きるならば、その死は勝利となります。キリストは、当時の人々に「他人を救った」と嘲られましたが、それは私たちの救いと深いかかわりがあるのです。
1.キリストは十字架で命を捨てられた
自分を救うことなく他人を救われたキリストは、私たちの罪を負って神に呪われてくださったのです(イザヤ書53章3~5節)。そのようにして、自発的にご自分の命を捨ててくださったのです(ヨハネ10章11節、18節)。
そうすることによって、私たち一人ひとりの罪を赦し、失われた神との交わりを回復してくださいました(34節)。人が求めてやまない愛と平安は、キリストによる罪の赦しを受け入れることから生まれるのです。
2.キリストは罪人を救われる
神を恐れたひとりの犯罪人は、自らは十字架刑を受けることは当然だと認めつつ、キリストは十字架に架かられる必要のないことに気づきました(40~41節)。それゆえに、彼はキリストの憐れみにすがり、信頼して「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」との願いを申し出ています(42節)。そして、「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」とのキリストの呼びかけに応答した時が、彼の「今日」の救いとなりました(43節)。
私たち一人ひとりは様々な状況下に置かれています。それがいかなる時であっても、キリストの呼びかけに応答する「今日」が、あなたの救いの時となるのです。