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2017年3月12日

聖なる生活(2017.3.12)

宣教題  「聖なる生活」             宣教 川原﨑晃牧師
聖 書  1テサロニケ4章1~12節
ご自身の独り子を十字架に架けるほどに私たちを愛し抜かれた神は、私たちを「聖なる者」(1節)とし、「聖なる生活」(7節)に生きるように招かれます。それは、満ち溢れた豊かな生活となっていきます(1節C、10節b)。

1.神に喜ばれる生活に満ち溢れる  1~8節
パウロは、テサロニケの信徒たちに、「神に喜ばれる」生活をこれまでも歩んできたし、今も歩んでいるし、「その歩みを今後もさらに続けて」満ち溢れてほしいと勧めています(1節)。
その歩みは、神の御心と深く関係していて、罪から分離されて神のものとなるという積極的な生き方となっていきます(3節)。具体的には、純潔であり、性的な汚れから聖別されていることです(4~7節)。そのような聖なる生活を歩めるように、神は聖霊を与えて支えてくださるのです(8節)。私たちは、切なる渇きと、誠実な求めと、砕かれた心をいただいていることが大切です(詩編51編12~14節、19節参照)。

2.互いに愛し合う生活に満ち溢れている  9~12節
パウロは、テサロニケの信徒たちが「互いに愛し合う」という「兄弟愛」の実践を神から教えられていることを高く評価しています。そして、そのことに「なおいっそう励」み、満ち溢れるように勧めています(9~10節)。愛することにおいての弱さを覚えたとしても、十字架の主イエスを信じ仰ぎ、兄弟に対する愛を豊かにしていただくことです(1ヨハネ3 章16節参照)。
そのように互いに愛し合うことに満ち溢れてくることと、他の人への豊かな配慮に満ちた落ち着いた生活となることとはつながっています(11~12節)。兄弟愛に満ち溢れた落ち着いた生活を造り上げられていくことが、主の再臨を待望する者たちがなし得る最善の備えです。