宣教題 「福音の光に照らされる」 宣教 川原﨑晃牧師
聖 書 ルカ11章33~36節
主イエスが、「今の時代の者たちはよこしまだ」(29節)と指摘されましたが、そのような悪い時代だからこそ、キリストの光すなわち福音の光に照らされて、光輝くようにと命じられたのです(ヨハネ8章12節参照)。
1.光であるキリストを心の中に保ち続ける 33~35節
家に入って来る人のためには、光が見えるように、明々と灯されたともし火が用意されます(33節)。このことは、私たちが光であるキリストの招きに応じて、キリストのもとに来ているかどうかを問うておられるのです。
さらに、体のともし火であり光である目が澄んでいるか濁っているかによって、その人の存在そのものが明るくなるか暗くなるかを語られています(34節)。このことは、目が健やかで見るべきキリストを一筋に見ているかどうかによって、その人自身が明るいかどうかが分かるということを言われたのです。
そして、「あなたの中にある光が消えていないか」と問いかけておられます(35節)。そのためには、ご自身の命を投げ出された十字架のキリストを仰ぎ見て(ヘブライ12章1~2節参照)、キリストを心の中に保ち続けていることが必要なのです。
2.キリストの光を輝かせ続ける 36節
このように、内に光であるキリストを保ち続けるならば、その人自身の存在と生涯の歩みを通して、キリストを輝かせ続けていきます。
今日まで、光であるキリストがさまざまな暗闇の領域に臨まれて、個々人の生活と社会を変貌させてこられました。もし、光が暗闇に代わってしまっていることがあるとするならば、私たちは悔い改めて、もう一度光であるキリストの中に歩み直すことが必要です。私たちが、どんなに小さな存在であっても、キリストの中に歩み続けることにより、他者とその周囲を明るく輝かせていくのです。