宣教題 「新しいヒーロー」 宣教 鎌野直人協力牧師
聖 書 1テサロニケ1章9~10節
聖書にはイエスというヒーローが登場する。ヒーローの取り巻き(弟子)の中でもその筆頭はペトロであった。漁師であった彼は網を捨て、イエスに従っていった。イエスがイスラエルを復興してくれると期待していたからであり、イエスの王国でより力ある立場に立ちたいと願っていたからである。過ぎ越しの祭において、自らはこれから十字架に架けられる、そして弟子たちはみな裏切る、と予告したイエスに対して、自分は最後まで裏切らないと語った。
1.自分の生き方に気づく
捕らえられたイエスは逃げず、反論もしなかった。ペトロは裁判にかけられているイエスの所に残った。しかし、イエスの仲間だ、と言われた時、イエスなど知らない、と三度も否んだ。ペトロが、この世界を支配しているのは力であると信じていたからであり、死をもって脅かされれば、それに従う人であったからである。ペトロは、自分がヒーローにはなれないことに気がつかざるを得なかった。
2.自分の生き方がゆるされる
死という脅かしに屈しなかったイエスは、それゆえに死に対して十字架で勝利した。生けるまことの神はイエスを三日の後に死人から復活させられ、十字架が罪と死に対する勝利であることを明らかにされた。それだけではない。自分を裏切ったペトロをイエスはゆるされた。責めず、受け入れた。イエスというヒーローは、ひたすらに与えつづけるヒーローであった。ペトロは、ゆるしを受け入れ、ゆるされた者として、イエスをヒーローとして歩みはじめた。死と罪と力という偶像から離れて、神に立ち帰り、生けるまことの神に仕えるものとして、神のわざに加わっていった。
イエスに出会うことによって、イエスを知り、自分の姿を知る。ヒーローである方を裏切るような自分であることに気がついたわれらにイエスはゆるしと方向転換を与えてくださる。新しいヒーローに出会い、自分の姿に気づき、ゆるしをいただこうではないか。