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2016年6月26日

自分が変われば(2016.6.26)

宣教題  「自分が変われば」          宣教 川原﨑晃牧師
聖 書  ヨハネ2章1~11節、2コリント5章17節

私たちが生活していく上でいちばん難しいことは、人と人との関係と言われます。それを難しくしている原因が、自分を取りまく人や状況にあると思ってしまっていることにあります。私たちは、自分自身を変えることが至難のわざであることを知って、主イエスによって変えられることから始めてみてはどうでしょうか。

1.人生の喜びをもたらされる主
婚礼の席において水がぶどう酒に変えられた奇跡は、主イエスの「最初のしるし」でした。これは、万物を創造されて支配される神にとって、たやすいことでした。それは、泥水から美味しいフルーツの実を結ぶように、神が日常茶飯事に絶え間なく続けておられる奇跡です。
主イエスは、苦しみや失望の時の救い主であるとともに、婚礼のような幸福に満ちた時の救い主でもあられます。私たちは、そのようないかなる時であっても、主イエスを救い主としてお迎えすることにより、人生に喜びをもたらしてくださるように招かれているのです。

2.人の心と生涯を新しくされる主
婚礼の席における主イエスは、「わたしの時はまだ来ていません」(4節)と言われましたが、後に「わたしはまさにこの時のために来たのだ」(12章27節)と言われました。この「わたしの時」とは、主イエスが十字架で身代わりの死を遂げくださる時のことでした。それによって主イエスは、人の心と生涯を変えて「新しく創造」してくださったのです。そのためには、一人ひとりが「キリストと結ばれ」、主イエスの中に植え替えられ、根付くことです(2コリント5章17節)。
奇跡と言えば、人の心と生涯が新しくされて変えられることほどに大きな奇跡はありません。そのために、主イエスが十字架にかかられて後に復活されたのです。主イエスに新しく創造され、その奇跡にあずからせていただきましょう。