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2016年3月13日

祈りへの集中(2016.3.13)

宣教題  「祈りへの集中」           宣教 川原﨑晃牧師
聖 書  1ペトロ4章7~11節

この手紙は、「万物の終わりが迫っています」(7節)と切迫感がみなぎっています。そこには、キリストの再臨を意識しつつ、祈りを優先させ(7節)、キリストに栄光を帰している教会の姿があります(11節)。このように教会が祈りを集中させることは、何に向き合って生きることが大切なのかを教えています。

1.「終わり」に備えて生きる  7節
ペトロは、御言葉を通して聖霊によって神の時について教えられました(使徒言行録2章16~21節)。そこには、神の永遠の救いの世界が現実のこの世に突入してきたので、人がそこに織り込まれていることを明らかにしています(1ペトロ1章5節)。ですから、万物は永遠ではなく、人間を含めたこの世のすべてのものが、神によって造られ、生かされ、保たれ、締めくくられるのですから、「思慮深く」冷静に見極め、「身を慎んで」目覚め、祈りに向かっていることが大切なのです(マタイ26章36~46節参照)。
この祈りへの集中によって、私たちの信仰の領域は拡げられ、神を知ることが豊かにされ、神への信仰と信頼が確かにされていくのです。

2.キリストにある命を分かち合う 8~11節
祈りへの集中は、相互の分かち合い築き上げていきます。何よりもまず、聖霊によって神の愛を注ぎ続けていただくことにより(ローマ5章5節)、心を込めて、深く愛し合うことを貫き、多くの罪を覆うことをさせていただくのです(8節)。そして、神の愛とキリストの忍耐をいただいて、不平を言うことなくもてなし合うのです(9節)。そのためには、各々が神から与えられているそれぞれの賜物を差し出して、互いに仕え合うのです。神の言葉を語るにはふさわしく、奉仕するにおいても力に応じて、「恵みの善い管理者として」用いさせていただくのです(10~11節ab)。
ただ、これらの分かち合いは、私たちを祈りの場へと追いやっていただくことによって可能となります。そして、キリストの愛と力を覆っていただいていることを讃えるのです(11節cd)。