宣教題 「降る愛」 宣教 川原﨑晃牧師
聖 書 イザヤ9章1~6節
預言者イザヤは、暗黒の世界にあっても、神に信頼して生きるところに希望があることを確信していました。神は、ご自身の全存在をかけて、燃える愛を注いでくださるからです(6節c)。そして、それを具体的に現してくださったのが、天地に満ちるほどの大いなる神が、赤ちゃんイエスとして、人間と同じように小さくなられて降って来てくださった出来事によってでした。
1.闇が支配する中に 1~4節
闇と死が支配する世界は、時代を越え、民族や国家を越え、立場を越えてありました。そのような状態は、イザヤが預言活動していた時の国家的な危機においても現れました。しかし、彼は、そのような中にあって、後に起こる神の救いの御業に「大いなる光」を見い出していたのです。
闇と死の世界は、様々な恐れや不安、そして誰しもが持っている罪と死が支配する状態でもあります。救い主イエスが来てくださったのは、そのような私たちの心と人生を照らすまことの光としてでした(ヨハネ1章9節)。主イエスは、闇と死の世界を愛の光をもって包み込んでくださったのです。
2.光の支配を 5~6節
救い主イエスは、不思議な御業をなされる助言者であり、全てを創造し支配しておられるお方であり、時々刻々変わることのないお方であり、平安を与え和解をもたらすお方です。このお方は、「わたしたち」一人ひとりのために降誕されたのでした。
ですから、「わたしたち」一人ひとりは、闇と死の支配の前にこうべを垂れたままでいるのではなく、光なる救い主イエスの前にこうべを上げるのです。その時、十字架に架かられた神の独り子イエスの中に、罪と死の闇から解き放ってくださった大きな愛を知るようになるのです。「わたしてたち」一人ひとりが、日々救い主イエスに出会い続けるならば、その人にとって終日がクリスマスであり、一年中がクリスマスなのです。