宣教題 「あなたがたのなかにおられる方」 宣教 小菅 剛師
聖 書 ヨハネ1章19~34節
荒れ野で叫ぶ声としてのヨハネは、人々の中に立っておられるイエスを指し示している。人々は、知らない、気づかないでいた。ヨハネは、人々に「あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる」と語っている。ヨハネは自分も消え、人々も消えて、一人立っておられた方だけに人々の目を向けさせた預言者である。では、このイエスを、ヨハネはどのように証しをしたのか。
1.イエスを世の罪を取り除く神の小羊と証しした 29節
ヨハネは、人々の罪を鋭く指摘した。人々は、彼のもとに来て罪を悔い改めて洗礼を受けていた。それが救いではない。ヨハネは祭司の子として儀式宗教、小羊が献げられて罪が赦され、神を礼拝するレビ記教育を受けた人であった。しかし、ヨハネは旧約の生けにえ宗教で人の罪は取り除かれないことを知っていた。
神の子であられるイエスは、神の小羊として十字架で献げられたことにより、人は神に赦されることを明らかにされた。御子イエスの血がすべての罪からきよめるのである(1ヨハネ1章9節)。イエスは、罪を告白するそこに立っておられる。
2.イエスは聖霊のバプテスマを授ける方である 33節
イエスは、罪の力をきよめる聖霊の満たしを与えてくださる方であると証言されている。生まれ変わったクリスチャンは犯した罪で苦しむが、それ以上に内側から起こってくる罪の傾向性に苦しむ。自我であり、古き肉の性質と呼ばれるものである。パウロは、欲する善は行なわないで憎む悪を行なうと言って、自分の内に宿る罪の力に嘆いた。その厄介な内なる自我をキリストは共に十字架につけてくださり、聖霊が支配して罪の力から解放してくださる。
聖霊のバプテスマは、明け渡しに続く聖霊の支配であり、イエスの賜物である。イエスは、弟子たちを世に遣わすに「聖霊を受けなさい」(ヨハネ20章22節)と言われた。罪からの解放と宣教の力は、聖霊のバプテスマによるのである。