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2012年3月11日

今は悔い改める時(2012.3.11)

宣教題  : 「今は悔い改める時」   宣教:   川原﨑 晃  牧師
聖    書  : 使徒言行録   1章16節~34節

アテネに到着したパウロは、世界の文化人を相手取って福音を告げ知らせました。その伝道説教の結論は、「今はどこにいる人でも皆悔い改めるようにと、命じられています」というものでした。神の御心に適った悲しみがもたらす悔い改めは(2コリント7章10節)、どのような神の救いをもたらすのでしょうか。

1.新しく創造される  16~21節
アテネの町の至る所に偶像があるのを見て「憤慨した」パウロは、様々な立場の人々と「毎日」論じ合っていました。なかでも、哲学的・合理的考え方をする者たちは、主イエスと復活についての福音を聞いて、愚かな話しと受け取ったのでした。彼らは、パウロが語ることがどういう「新しい教え」なのかと興味本位な質問をしています。
ところで、パウロが福音を語る時には、時間の経過とともに古くなっていく時間的な新しさではなくて、時間が経過しても決して古くならない質的な新しさという理解をもっていました。私たちが、十字架に死んで復活されたキリストに信仰によって結び合わされるならば、全く質的に新しい者に造り変えられるのです(2コリント5章17節)。今こそ、悔い改めることによって、新しく創造された者とされましょう。

2.祝福された死が始まる  22~34節
パウロは、アテネの人々の宗教心に敬意を払いつつ、聖書が明らかにしている神について宣教しています。まことの神は、天地の主である創造の神であり、人間の命の神であり、歴史を支配される方で、私たちの身近な神であることを明らかにしています(22~29節)。そして、最後に、キリストによる審判の日に際して、キリストが復活されたことが死者の復活の確かな保証であると宣言しています。それゆえに、神に立ち帰ることを迫っているのです(30~31節)。悔い改めてキリストの福音を受け入れる時に、祝福された死の始まりの中に生きる者とされるのです。
今も変わらずに「イエスと復活について福音」が告げ知らされています。まず、悔い改めてそれを受け入れましょう。そして、それを大胆に、確信をもって知らせ続けましょう。