題 : 「私たちの交わりは本物か」 宣教: 川原﨑 晃 牧師
聖書 : 使徒言行録 5章12節~16節
教会は、いかなる時にも「心を一つにして」集まり(12節)、聖徒の交わりを培ってきました。その交わりは、同じ三位一体の神を信じ、同じ救いに与かり、共通の礼拝・御言葉・使命・栄光・倫理を共有しています。この点において、わたしたちの交わりは本物となっているでしょうか。
1.主に贖われた者の交わり
教会が、「ほかの者はだれ一人、あえて仲間に加わろうとはしなかった」(13節)と証言されているように、そこには、キリスト者でなければ決して入っていくことのできない明確な性質がありました。それは、キリストの十字架の血によって贖われた者たちの持つ(1ヨハネ4章10節)、とてもこのままでは仲間にはなれないという潔さ、輝き、一致があったというのです。
誰でもがそのままで加われるとしたら、それは真の教会の交わりではないのです。
2.周囲から尊敬される交わり
民衆は、その交わりが自分たちとは違うと思うほどであったので、その交わりに加われなかったのです。同時に、「民衆は彼らを称賛していた」のです(13節)。
たとい私たちが、内部では固い結束を保っており、大きな活動をしたとしても、周囲の人々から尊敬されない、称賛されないとしたら、その交わりを反省してみなければならないでしょう。神よりも人を見る日本において、この点は特に大きな意味を持っています。
3.救われる男女が加えられる交わり
続いて、「多くの男女が主を信じ、その数はますます増えていった」(14節)とあります。一人もそのままでは交わりに加われなかったのですが、罪を悔い改め、キリストを信じた人々は、結果的にはその交わりに加わるようになったのです。ここに、教会の交わりが本物であった証しがあります。
私たちの交わりは、皆が同じ方向に向かっている交わりです。それは、同じ神に向かって献げる礼拝と、同じ使命に生きる福音伝道に生きる交わりです。