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2008年11月16日

重んじる(2008.11.16)

題   : 「重んじる」   宣教:   川原﨑 晃  牧師
聖書  : マルコ 5章1節~20節
激しい突風の後の静かなガリラヤ湖風景、そしてゲラサ人の地方での激しい響きの後の突然の静けさは、今日の私たちが経験する日々の喧騒と聖日の静けさを思わせます。私たちは、この静けさに身を置くことによって、何を重んじるのかを気づかせていただきましょう。

1.ひとりの魂を重んじる 1~17節
汚れた霊にとりつかれた人は、正常な人間社会を好まないで墓場を住まいとし、足枷や鎖でも制することのできないほど狂暴で、石で自分を打ちたたくほど自虐的で、主イエスに反抗する霊に振り回されていました。そして、彼は「・・・かまわないでくれ・・・苦しめないでほしい」と、主イエスを救い主と認めていませんでした。これは、神との交わりを失い、その結果自らをコントロ-ルできない悲惨な状態です。
ところで、この人の姿は、救い主イエス・キリスト抜きで生きていけると思い込み、自分を愛することができず、他者との健全な交わりを持つことのできない罪人を表しています。
しかし、主イエスは、多数の豚を犠牲にするほどに、ひとりの人の生涯を悪魔の支配からキリストの愛のご支配に生きるように招かれるのです。私たちは、一人ひとりを愛し重んじておられるキリストのご支配を、拒むことのないようにしたいものです。

2.家族を重んじる 18~20節
悪霊にとりつかれた人が、主イエスと一緒に行きたいと願ったのは、ごく自然なことでした。しかし、主イエスは、この人が自分の家に帰り、「主があなたを憐れみ、あなたにしてくださったことをことごとく知らせなさい」と命じられました。彼の家族が、これまで心を痛め、また苦しんだことに対して報いる責任があったからです。また、彼が、神の恵みと主イエスの救いを家族に伝えることが大切だったからです。
その結果、彼の遣わされた地で「イエスが自分にしてくださったことを」伝えたので、家族のみか、置かれた地域に多大な感化を与えることになったのです(6章53節以下)。
私たちは、身近な家族に対して、「主が・・・あなたにしてくださったことをことごとく知らせなさい」との証しをすることを大切にしたいものです。