題 : 「力に溢れて」 宣教: 川原﨑 晃 牧師
聖書 : フィリピ 4章10~14節 2コリント 12章9~10節
私たちが、『わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたいのです』と言い表すことができるのは、『わたしの惠みはあなたに十分である』と宣言してくださるキリストによって出来るのです。私たちは、満ち足りた中でも渇き求めて生きるのです。
1.キリストの「愛の力」に満ちている
ここで言われている満足は、悟りとか精神修養の類ではなく、また特別な信仰者が身につけているというものでもありません。全てのキリスト者に与えられています。それは、『わたしを強めてくださる方』が私たちの全てをご支配してくださるとき、すなわちダイナマイトのように力ある『キリストの力がわたしたちの内に宿る』ことによって可能となるのです。
このキリストの力は、愛の力です。私たちが、この愛の力によって満ち足りていないと、他の人や環境に責任転嫁をしたり、トラブル・メ-カ-となったりしかねません。キリストの愛の力によって、真に実力あるキリスト者また教会とさせていただきましょう。
2.キリストの「惠みの力」で十分である
私たちがキリストの惠みの力で十分であれば、どんな境遇にあっても満足することができます。その惠みの力は、『弱さの中でこそ十分に発揮される』のです。
だれもが持っている弱さは、罪と死に自分で打ち勝つことが出来ないということです。その罪を担われたキリストの十字架と、罪の結果である死に完全に勝利されたキリストの復活において、キリストの惠みの力が最大に発揮されました。
私たちがこの惠みにあずかり続けるなら、自分の人生を肯定して受け入れることができます。また、生きる力が湧いてきます。
そして、ゆるす力、愛する力、祈る力、伝道する力、献げる力、奉仕する力が生まれてきます。『わたしを強めてくださる方』に主役になっていただき、私たちが脇役に徹していくことが、一切の力に溢れる歩みの秘訣です。